夫婦で今年の春から始めた「西国三十三所参り」も残りあとわずかで、今年中には33所全てを回れそうです。私は特に決めた宗教は持っていませんが、本堂の前で「仏説摩訶 般若波羅密多心教・・・・・」で始まる般若心教を唱えておられる人が多くおられます。これは玄奘三蔵法師の翻訳で「空」の境地を説いています。何事にもこだわらない心で己を捨てて、全てを捨てれば、おのずから「空」の境地が開け、彼岸=悟りへ到達できる。と言うことでしょう。
難しい話ではなく、我々の言葉でいえば「素直な心」とか「自然の摂理に順応同化」して事に当たる。との意味と解釈しています。戦後と言ってもそんなに古い話ではなく、わずか数十年前の日本では、その日の食事にも事欠き、掌一杯の白い米粒はダイヤモンドの輝きよりも尊く、その米粒を薄く引き伸ばした粥にして食べていた事がありました。時代は変わり、飢えに泣く子もなくなり、寒さに震え嘆く子もなくなりました。飢餓の日本から、まさに暖衣飽食の日本になりました。
暖衣飽食は知らず知らずのうちに、甘えを生み出したり、おごりを生み出しています。そして素直さを失い、謙虚さを失い、感謝の心を失って、自然に人と物への愛情を失っているのではないでしょうか。何も、食べ物、衣服、住居、等において、豊かな生活になったのがいけないと言っているのではありませんが、戦後とにかく生きる事に「一生懸命」「素直に働いた」そんな中に「生活の向上」を生み出してきた。この事を今一度考え、この豊かさの原点を顧みる時ではないかと思います。
サンコーグループ 会長 下泉澄夫














